愛しのピッツァ / 2019.03.01

海から吹いてくる風はぬるい。半乾きの髪の毛が踊りながら強い陽射しと潮風に乾かされ、弱りかかっていたパーマは元気を取り戻す。

毎日自転車を走らせ全身で風を受けながら過ごしていた。うりずんとは程遠い、少しでも止まれば汗が我先にと身体を濡らし通り過ぎていくような暑さの中、期限付きではあるが沖縄県は那覇市で生活していた。

それはそれは楽しい半年間だった。

とは云い切れない日々。今思えば色んな事を振り払うなりして、もう少し楽しむ努力をすれば良かったのにと云いたくなるような毎日だったが、過去の事をどうこう云っても仕方がない。

とても鬱屈した日々を南の島と称される場所で過ごしていた。沖縄は悪くはないというのに、あの頃の気持ちを思い出すとうんざりして東京に戻ってきてから5年くらいは「もう沖縄はいい、一生分行った」などと口ずさんでいた。

しかし、当然ながら後ろ向きな時間だけで過ごしてきたわけではなく、あれからずっと手放し難い時間も場所もそれなりにある。

BACAR

仕事終わり、自転車を走らせて58号線をぐんぐん降り、久茂地の辺りを彷徨っていると姿を現す外観は、藍色の壁にレモンイエローが眩しく光る看板、”BACAR”だ。

沖縄に来る前からピッツェリアはあるのか、あるとしたら何処にあるのかと調べ、BACARの事は知っていたが実際に店を訪れたのは住み始めて一ヶ月以上経ってからだった。何をやっているんだと小言の一つも云いたい所だが、あれやこれやと時間は過ぎていき中々来る事が出来なかった。

伺えない間も情報収集、ピッツァへの思いは焦がれていくばかり。そんな中、待望のBACARは抱えすぎた期待を何一つ裏切る事はなかった、最初から最後まで。

軽く前菜を食べ、ピッツァをお願いする。聖林館の流れを汲むこの店は、マリナーラorマルゲリータの二択という潔いピッツァメニューだ。焼き上がり目の前に出された時に思わず頰が緩む楕円形もコルニチオーネの形も、その流れを強く感じさせる。

窯から出たばかりの熱々を火傷さえ厭わない！という気持ちで頬張れば、思わず頭を抱える旨さ。トマトソースは酸味と甘味が混ざり合い、遠慮なく注がれたオリーブオイルが抜群に旨味を引き出すが何よりも生地が美味しい。

中心部の薄さは申し分なくコルニチオーネは美しい。鼻腔を存分に刺激する香りは一瞬にして記憶に刻まれる。わずかな時間で焼き上げた一枚は、とてもフレッシュでジューシーだ。

全てを食べ終えて浮かんだのは”出来る限りこの店に通おう”だった。それまでどこか特別だった余所行きナポリピッツァは2009年、私の日常食へと変化を遂げた。とにかく美味しかった。”美味しかった、美味しかったな…”と思い出してはつぶやくくらい。

昨年、およそ9年振りとなる沖縄上陸で再びこの店に訪れる事が出来たが、その日に至るまでの数年間頻繁に夢で訪れていた。そして、毎回見事に食べれなかった。必ず、何らかの理由で食べるのを阻まれていた。営業時間外、生地の完売、満席、注文の前に目覚める、何らかの力が掛かっているとしか思えない程、ただの一度も夢の中で食べる事が叶わなかった。呪いか。

魅惑の前菜からいただきまして

食べたいのに食べれない、そんな状況を見事に表現していた夢の日々から解放され9年振りに食べたBACARのピッツァは、ちょっとどうにかなりそうなくらい美味しかった。食べているのか飲んでいるのか解らない口どけ、そしてのどごし。美化されていてもおかしくない過去の味を越えてくる恐ろしい子…もっと早く来てればよかったな、沖縄。

マルゲリータを堪能、勿論マリナーラも食べましたよ

マルゲリータ沖縄那覇