タルトタタンに魅せられて

作る！ / 2022.10.20

リンゴが好きだ。ただ切っただけのフレッシュなリンゴを食べると「やっぱりリンゴだよね」と思うし、リンゴジュースを飲むと嬉しくなってしまう。もちろんアップルパイもつい買ってしまう程度には好物だ。THE アメリカなアップルパイも好きだし、フランス色強めのパン屋に鎮座しているショソン・オ・ポムも好きだ。

こんなに全体的にリンゴが好きだというのに、フレッシュなリンゴに砂糖やらなんやらを詰め込んでオーブンで焼いた「焼きリンゴ」と、それが何かは知っているが実体を確認したことはない作るのが面倒くさそうな「タルトタタン」は苦手だった。焼きリンゴは恐らく子供の頃に食べたことがあって、その時の味覚と何もマッチしなかったのだろう。今だに新しい情報を入れて上書きすることなく私は「あれの何が美味しいのかねぇ！？」とちょっと強めに思っている。

そしてタルトタタン。これは完全に勝手なイメージだけで食べたことも全くなかったのに、焼きリンゴに印象を引っ張られて「こいつも食っちゃなんねぇ！」と10代の頃から思っていた。

しかしタルトタタンに関しては、付随するエピソード（このうっかりタタン姉妹め）や作る工程から感じ取れるちょっとした面倒さから、ほんのりと憧れ的な感情も同時に抱えていた。まるでそれは憧れの誰かに冷たくしてしまう思春期的なアレ。我が身に住まうタタン・シンドローム。

前触れもなく、ある日突然怒涛のごとく襲ってくる感情があって、そんな厄介なものが定期的に私の前に現れる。

去年、数年振りに「元気かぁ？」ってやってきてしまった「ちょっと面倒な作業が発生するものを作りたい」御一行様。そしてそれは時に何を作りたいのか明確な意思を持って私の前に現れる。前回はベーグルだった。狂ったように日々ベーグルを作った記憶がある、何がそこまで突き動かすのかと問わずにはいられない程作っていた。冷凍庫に溜まっていくベーグル、日々食べるベーグル、作って食べて保存して作って作って。

去年、御一行様が私の元を数年振りに訪れた時に立てた白羽の矢が、タルトタタンだった。

「ねぇ、タルトタタン！タルトタタン作ろっ！」

それくらいの気軽さと有無を言わさない意志の強さを握りしめて、御一行様が私を包み込んでしまった。もうそうなると、作る以外の道はなくなる。そう、退路は断たれたのだ。

では、一体タルトタタンとは何なのか。改めて工程を知らなければならない、レシピはどこだ、必要な材料はなんだ。

必要であろう情報を一つ一つ詳らかにしていき必要なものを一つ一つ揃え、私は行動を開始した。

あたふたしながらも無事なんとか作り終えた、初めてのタルトタタン。他のケーキ類と違い、出来上がったら一晩冷蔵庫で寝かさなければならないタルトタタン。

満を持して、完成したものを型から出し向き合った。それがこれだ。

私の心を満たしたのは虚無だった。もうそれはそれは虚無。見事なまでの虚無。

これがタルトタタン…？レシピを調べる中で出会ってきたタルトタタンと、あなた本当に同じ人！？ねぇ、本当に？なんだか心なしかちょっともったりしてない？いや、タルトタタンの顔をした柔らかい石垣にも見える。

そんなことを思いながら、それでも愛を持って己が作ったのだと言い聞かせ、こいつをこの世に誕生させたのは私なのだと心に刻みながら、切り分け食べた。

味に関して言えば、不味くはなかった。過去に抱えた印象から作ったはいいが食べられないなんて事態に陥ったらどうしようかと心配していたけれど、それは免れそうだった。そして初めて作ったし初めて食べたものだけど、恐らくはもっとこうすべきだろう課題も色々と浮かんだ。

私は父親ならびに父の兄弟全員が料理人で、その血筋を色濃く継いでいる節があり、また自分でも色々と難なく作ってきたから失敗の類に遭遇すると発狂しそうになる厄介な性格を抱えているけれど、意外と冷静に次に向けての課題をリストにしていた。（発狂ではなく狂気をタルトタタンに向け始めていただけだと、後になって気づいたんだけど。）

最初のタルトタタンらしきものを食べ終えた頃、再び挑んだ結果がこれ。